T☆S Project 『モナリザの左目』
7月16日(日)18:00〜 @サン・アザレア
予め謝っておきます。ゴメンナサイ。
「サボってたのではありません。ホント。」にも書いたように、『モナリザの左目』が上演された夜は、肩から手への痛みが最高潮に達していました。家で湿布を大量に張ってなんとか押さえ込もうとしたのですが、効果無し。芝居が始まる前になんとかならないかと、右手でマッサージをし続けながらの観劇でした。
観劇中でしたので、呟くことはできませんでした、心の中で「痛いな!馬鹿野郎。いい加減しやがれ」とひたすら罵っていました。
なので深く考えながら、あるいは帰宅途中しっかり反芻して芝居を噛みしめる、なんてゆとりがアリマセンでした。
それでも芝居の後半には、マッサージをするのを忘れて観ていました。痛みが一瞬なくなりました。残念ながら芝居が撥ねると同時に痛みが復活し、帰り道ではブツブツ罵声をアスファルトに浴びせました。
虚しい。
前半は痛みとの闘いに負け気味でしたので、集中できていませんでした。
なのでちゃんと観ていたのか、どうにも自信がありません。よって内容にかかわることは差し控えます。(申しわけありません。次回は体調を整えて観劇します)
装置、豪華でした。サンアザレアでここまで飾れるんだと驚きました。ミステリ-なので劇的な転換が必要なのでした。持ち込んだ器具を駆使しての演出はみごとでした。この会館の客席とステージの距離を有効に使う舞台は、今後ここで芝居をしようと考えていた人たちに大いに参考になったことでしょう。
つくづく演劇は知恵と汗の産物だなぁと感心しました。
細かいことは思えていませんが一番感心したのは、人間という存在のなんとまあ矛盾だらけで不条理に満ちていることか、ということでした。論理だけでは割り切れない不可解な生き物としての人間が垣間見られたのが、私にとっての最大の収穫でした。強いていえば、論理だけで考えると、人を見失うことがあるということです。
裁判という最も論理的な展開が求められる場で、もっともそこから遠い人間存在の矛盾に満ちた様子を浮かび上がらせる、というのがこの手の芝居には要求されるのでしょう。そこが見えたのがよかった。
我が侭を言えば、そこをもっともっと追求して欲しかった。
ま、単なる我が侭に過ぎません。ホント勝手な言い草です。
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